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zoom RSS 「味鋺神社(名古屋市北区)」について

<<   作成日時 : 2009/05/24 00:33   >>

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味鋺神社(名古屋市北区)」について
味鋺神社で能田徳若万歳保存会(師勝町)が無形文化財の『尾張万歳』を平成16年5月16日奉納披露されたことがあった。尾張万歳は長母寺の無住国師(道曉)により法華経に節をつけて萬歳楽(歌詞)を作成し、陰陽師安部清明の血筋を引く、寺領味鋺在住の弟子(寺男):有政、有助、徳若の親子に教え、生活の糧とし、年始の祝に村々をまわった。味鋺板屋に住み板屋10人衆とまで言われるように広まり、その後、江戸時代に石田新左衛門(兀太夫)、石田主膳と続き現在も末裔がおられる(個人情報問題で発表不可)。初代徳川義直公より鷹狩りの際にお墨付きを貰ったとされるが新左衛門屋敷の火災で消失し、万歳は断絶した。同じ寺領の知多郡寺本村の万歳師に引き継がれ、現在、尾張万歳家元五代目長福太夫:北川幸太郎(本名:北川正巳氏)が国の重要無形民俗文化財に指定され伝わっている。三河万歳は神社の祝詞に節をつけて作ったもので、尾張万歳とはお経に節をつけたものとは異なる(北川幸太郎の説明による)。正月元日に知多八幡社で公演があり、結婚式場でも披露されている。中日文化センターで万歳師の北川氏より受講した経緯で尊敬しており、友人である。万歳研究家の元小学校教師:岡田弘先生ともお付き合いあり、先生の文化財叢書『尾張万歳をたずねたずねて:前・中・後編』名古屋市教育委員会に尾張万歳の歴史説明が詳しい。北川氏は岡田氏とお付き合いあり、尊敬して見える。有政、有助、徳若の墓石が味鋺護国院にあるが、位牌は長母寺にある。諏崎(汀)安部家は現在横浜在住であるが、尾張万歳の教育者でもあり、味鋺陰陽師最後の家でもある。師勝町能田の尾張万歳は徳若から石田新左衛門へ、そして甚目寺町の桂五郎に伝わり、約120年前に長瀬幸右エ門に伝わり今日に至っている。大阪の古典万歳師:玉子屋円辰、砂川捨丸、花菱アチャコなどは知多市の尾張万歳に修業に来ていると北川氏談。尚、愛知県芸術文化センターで平成6年12月17,18日『東西古典万歳大会』が公演されたのが懐かしい。尾張万歳の正統派は尾張万歳保存会であり、尾張万歳研究会は保存会より独立された方々と聞かれている。尾張連味鋺(うまし)栄太郎より

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